親の期待に応えられなくても、あなたは大丈夫ですよ。
こんにちは、小島です!
あなたは年齢的に、また社会的な立場からも十分に「大人」であるにもかかわらず、親の意見や顔色が気になって、自分らしく生きられていないと感じることはありませんか?
マザコン、ファザコン、共依存・・・というわけではなく、ごく普通の親子関係を築いていると思っている場合でも、知らず知らず、親の期待に応えようと必死になってしまう。
はたまた、期待に応えられていないことに不自由さを感じている人はけっこういます。
というわけで、テーマは「親の期待に応えられない、その罪悪感のゆるめ方」。
この内容を知ることで、あなたは自分を生きるための一歩を踏み出せます。
親の期待に応えられない罪悪感
一時期、結婚相手や仕事の選択について、「親の意向が気になりますか?」という質問を何十人ものクライアントさんにしていました。
統計は取っていないのですが、男女問わず6~7割の人は「イエス」と答えていた気が・・・。けっこう多いですよね。
ある婚活中の女性はこんなふうに言っていました。
「親が私の結婚や子供を産むことを望んでいて・・・、でも私は親の期待に応えられていない。親孝行できてなくて罪悪感を感じます」と。
また、「結婚しなきゃいけないのに、本当はそうしたいかも分からないし、婚活が義務のようでしんどい」とも。
期待に応えられず、親にガッカリされることで「申し訳ない」「情けない」と感じるって、よく考えればおかしな話です。
親を喜ばせるために生まれてきたわけではないのに。
けれど、これは理屈でなく、親ははじめてこの世界で深く関わりをもった他者で、庇護者でもあったため、その親にどう思われるかを感情的に無視できないんですよね。
結婚に限らず、進学や就職、同居や家業を継ぐなど、いろいろと親に期待されるものってありますが・・・、
あなたはどんな時、どんなことで、親の期待に応えられないと苦しく感じますか?
親の期待を手放していく
- いい学校に進学してほしい
- 立派な職業に就いてほしい
- 早く結婚してほしい
- 恥ずかしくない人と結婚してほしい
- 子供を持ってほしい
- ひとかどの人物になってほしい
etc.
親の期待には口で言われるものもあれば、何となくプレッシャーとして受け取っているものもあるでしょう。
最近、親に会うのがしんどい、帰省するたびにあれこれ聞かれて面倒くさいとか、親の期待が重くて疲れる・・・、
そんなふうに感じているなら、そろそろ親の期待を手放すタイミングです。
そもそも、親の期待とは、「子どもにこうあってほしい」という一方的な願望です。
つまり、親のエゴなのですが、子どもは必死に応えようとしてしまう。
なぜなら、親の笑顔が見たいから。
親から受け入れてもらい、認め、愛されているという実感が得たいんですよね。
それは、何歳になっても、親が存命かどうかも関係なく・・・。
もちろん、親の期待と、自分の望みがばっちり一致した人は幸せですよ。
親が望んだレールを歩いても、不満足感はないでしょう。
けれど、親の期待と自分の本心にズレがあったら、どんなにいい仕事に就いても、恵まれた結婚をしても、どこか不満足感がつきまとう。
結局、自分で人生を選んでこなかった・・・、という後悔が残るから。
親の期待か?私の本音か?
これまでの人生を振り返って、進学や就職、恋愛、毛㏍のなど、親の期待に添うように選択してきた、ということはありませんか?
親の過干渉に悩むクライアントさんから、よくこんな話を伺います。
「大きくなったらパン屋になりたい!」と言っても、公務員にしなさいと親にたしなめられた」とか。好きな服を選んでもこっちにしろとか、好きな異性のことを批判されたりなど。
こういった否定と押しつけをされる経験をくり返すと、自分の「気持ち」を伝えたり、自分の「好き」を押し通すのが面倒くさくなっていく。
どうせ、私の気持ちは分かってもらえないのだから・・・。
「本当に好きな人が見つからない」
「好きな仕事が見つからない」
「何をしていいか分からない・・・」
心の中が「親の期待」でいっぱいになっていて、「私の本音」が見えづらくなっているんですね。
「私はこうあるべきだ」は本当か?
親の期待とは、「こうあって欲しい」というあくまでもエゴに過ぎません。
あなたが叶えてあげる義務もない。
けれど、子供の頃は親の言うことが絶対で、かりに疑問がわいても無意識に打ち消していたでしょう。
親の言うことは正しい、私のことを思ってのことだと。
そしていつしか、親からの「こうあって欲しい」は、「私はこうあるべきだ」という刷り込みに変わる。
あなたは今、きっと二つの思いを背負っています。
親の期待と、自らの期待。
もし、親と私の期待に応えられないなら、それはとても苦しい自己否定につながります。
私はなんてダメなんだろう・・・と。
親の期待に応えられないゆえの罪悪感と自己否定は、私たちの人生をじわりじわりと押しつぶしていきます。
心に張り付いたネガティブな思いは、ネガティブな現実を引き寄せる磁石になるんですよ。
「私はこうあるべきだ」・・・それは本当にあなたの本音でしょうか?
それとも、親から刷り込まれた、ただの思い込みでしょうか?
「親の期待に応えなければ」という切迫感は、やがて先生や上司の期待、はては恋人やパートナーの期待に応えなければ・・・に変わっていくでしょう。
いつまでたっても、自分のためでなく、誰かの願いにこたえ続けようとする人生。
ここから抜け出すには、まず「私は親の期待にしがみついている」と気づきましょう。
親の期待よりも、「私の本音」を大事にしてください。
何にワクワクしますか?誰にときめきますか?
親の期待に応えられなくても、あなたは大丈夫。
ここまで記事を読み進められたのですから、理解力と、自分を見つめる覚悟が備わっています。
自立した大人への準備はすでにできていますよ。